匠の技を伝承していくということ
先日、高精度の金属部品加工を経営されている会社の社長とお話をする機会がありました。
その加工製品は、メーカーの精度の高い要求をクリアーする必要があり、その精度を出すことができる機械を備えることは最低限必要なことなのですが、それに加え、それを使いこなす職人の「匠」の技が必要となってくるのだそうです。
したがって、この匠の技を伝承することが、その企業の競争力を維持するために大変重要な要素になっているわけです。
しかしながら、その匠の技を持っている技術者は、そのことを他の技術者に伝承するという意識が希薄であるばかりか、どちらかというと、自分の存在理由を失う危機感からか、自らの技を伝承したがらない傾向があるのだそうです。
日本のお家芸であるモノづくりの現場における技の伝承は、個々の企業のみならず、日本経済の競争力を維持するためには、絶対に欠かしてはならないものだと思います。
したがって、そういった匠の技を、その技の持ち主である個人の中に留めておくのではなく、その企業の財産として継承する必要があります。
こういった技術の伝承には、ベテランの職人から伝承する「機会」を設ける必要があります。
同時に、デジタル技術の活用のほか、手順書やマニュアルを整備する必要もあろうかと思います。
しかしながら、最も重要なことは、その匠の技の伝承が、その企業の成長発展に欠かせないものであるという、現場のマインドセットが初めの第一歩だと思うのです。
先ほど、お話ししたように、わかっちゃいるけど伝承するのが邪魔くさいとか、自分の存在理由を失いたくないから「わざと技」を教えないなどといったマインドを一掃することが必要なのです。
そういったことを考えると、自分が属する組織に、あるいは、その組織にいる可愛い新人に、この匠の技を伝承したい、しなければならないという文化を醸成することが、そのきっかけになるのではないかと思います。
人間は、合理的である前に感情的な動物です。好きな人には、進んで教えますが、気に食わない人には教えたがらない傾向があります。
ですから、こういった匠の技を伝承しようと思うなら、この組織・企業は自分の自己実現の場であり、この組織・企業の成長の原動力となる「可愛い次世代の人たち」のために一役買いたい!と思う文化を醸成することが大切なのだと思います。
そのためには、ありきたりかもしれませんが、仲間意識を持ってもらうための仕掛けづくり、例えば「匠の技術とは何か」「匠の技術を伝承することは、この組織に属する人たちにとって、どのような意味があるのか」をテーマ(もう少し砕けた方がいいかもしれませんが)とした朝会やランチミーティング、懇親会などを開催することが効果的なのではないかと思います。
付け加えると、これは製造の現場に限ったことでなく、営業部門にも当てはまります。
成績のいい営業マンは、そのノウハウを開示・共有することを嫌う傾向があります。
担当を変更しようと試みると「いや、このお客様は、他の担当者にするとクレームになり、自分でないと対応できないです。」などを口実に、担当変更を進めたがらず、その担当者とお客様との関係性がブラックボックスとなってしまいます。
そういわれると上司は、担当変更にともなうリスクを嫌い、現状を維持してしまいます。
しかし、これもさきほどのケースと同様、お客様との関係性の情報共有、その営業のコツを伝授することの大切さを伝えなければならないというマインドを醸成することは、大変重要なことだと思います。
そして、これらを現実化していく原動力は、経営者のリーダーシップであります。
現場の人たちは、自分の匠の技やノウハウを抽象化、あるいは具体化することが苦手です。
そういった人たちに対し、経営トップが、バランスシートには見えない知識資産を保有することが、競争力の源泉であることの重要性を説き、自らその場に時間を割き、語り合い、匠の技や、様々なノウハウを見える化し、伝承する仕組みを作ることが、トップに課せられた役割だと思います。
最後になりますが、経営者が経験して獲得した経営のミッション、ビジョン、考え方、技術、行動指針を後世に伝承していくことが、何より増して優先されるべきことなのだと、自戒の念を込めて改めて考えさせられる今日この頃であります。
令和5年6月5日
アイネックス税理士法人
代表 川端雅彦
2023/06/05
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