本紹介:『あの同族企業はなぜすごい』中沢康彦 著/日本経済新聞出版社 発行
先日、中沢康彦 さんが日経新聞電子版に2015年~2017年まで連載した記事に加筆して出版された、『あの同族企業はなぜすごい』を読みました。私自身、実家が事業を営んでおり、弟や親戚が数年前に後継者となったこともあり、大変興味深く読ませてもらいました。本書は大きく分けて2部から構成されており、前半は著者が20以上の同族企業の事業承継事例を取材したもの、後半は学術的に分析した内容となっています。以下、簡単に紹介させていただきます。
前半で気になった2つの事例を取り上げます。
①日本酒の獺祭で有名な旭酒造。現在会長に退いた桜井氏は、かつて一度入社したものの些細なことで父と対立して退社、その後父の死をきっかけに社長に就任し、社員5人のローカルな酒蔵だった同社を、全国展開、海外に取引拡大するまでに成長させた。その過程は順調ではなく、地ビール製造やレストラン経営でつまづき、杜氏が会社を去り、そのピンチを前に伝統を破ることを決断。徹底した数値管理に基づく社員の手による酒造りへの転換に踏み切り、それが全国でも珍しい通年での醸造につながり、成長へ導いた。
②寒天パパの商品で有名な、長野県の伊那食品工業です。後継者がファミリー出身であることを周囲がよく知っているため、わざわざ自分の存在感を誇示する必要がなく、先代たちが作ってきた会社をできるだけいい形で次の世代に引き継ぎたいという思いを持ちやすい。時間をかけて持続的に少しずつ成長する「年輪経営」を実践して、48期連続で増収増益していた実績を持っています。木が年輪を重ねながら大きくなるように、企業は少しずつ確実に成長していくべきだという経営哲学のもと、リストラなし、終身雇用制、年功序列を維持するという時代の逆をいくような方針を貫き、社員が安定した生活を送れるからこそ優しさをもって人のためになれるし、モチベーションをもって仕事に臨めると信じている。社員が幸せになる→人に喜ばれる仕事を積み重ねる→会社のファンを増やして経営の安定を生む→結果として地域に貢献、還元できると信じて実践されています。
後半で気になった研究結果を抜粋します。
①日本経済大学大学院のあるグループが、国内の全上場企業3600社を調査したところ、53.1%が同族企業という結果がでました。アメリカではフォーチューン500に選出された企業の3~4割、ドイツでも主要上場企業の4~5割が同族企業という結果があり、世界的に見ても同族企業が経済の主役の一つになっているのは間違いない。ただ、株主総会で特別決議を拒否できる、持ち株比率を同族が1/3保有するに達するまでは業績が伸びる一方、それ以上になると逆に業績が下がるということが明らかになっており、同族の影響力と業績の関係は重要である。
②同族経営を、誰が経営しているのかに注目した研究。純資産利益率でみると、創業者がトップ、次いで婿養子がトップだと高いという結果が出ています。欧米や中国、韓国には婿養子という制度はなく、婿養子という日本独自の事業承継の仕組みが、戦後の日本経済を支えた一端であるという事実が興味深い。
③帝国データバンクがもつ18万社を対象にした調査で、売上高成長率でみると、非同族の後継者の方が高く、純資産利益率でみると同族の経営者の方が高いという結果になった。つまり、企業を大きくする必要があるときは非同族の後継者を選び、収益力のある安定したビジネスができている場合には同族の後継者を選んでいるという結果になった。
④同族企業が負のイメージで語られることの多い日本に対し、ドイツではポジティブにとらえる見方が強い。そのプラスイメージの背景には、同族企業が社会に果たしてきた役割の大きさがある。一例として、国が取り組む前から、従業員の老齢年金や疾病傷害保険の導入、8時間労働や有休休暇など労働条件を改善する取り組みを行い、政府があとから追随してきた歴史がある。そのため、同族企業は働きやすいと考える人が多く、イメージが良い。
最後に、日本でも従業員を重視して取り組んできた企業が各地にあるが、情報発信力に欠けるため、結果として同族企業に注目が集まるのは泥沼の対立といった不祥事の時がほとんどであり、マイナスイメージにつながる。日本の同族企業は、自身と誇りをもって自社の特質や様々な取り組みを発信すべきだと作者は結論づけています。
アイネックス社会保険労務士法人
白木 敬子
2018/03/27
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