「02.世相」の記事一覧
つい先日、12都道府県の自治体で不正経理が発覚した。
不正経理の内容は、補助金として国から支給されるお金を、本来の目的と違う目的に使っていたというものだ。
これは税金の流用であり、これらを見抜けなかった、あるいは、見過ごした自治体の責任は重い。
これを受けて「地方分権改革推進委員会」の丹羽宇一郎氏は、不正経理を防ぐ仕組みを政府に新たに提言する、としている。
世間では、不正経理は地方分権を逆行させてしまうから、知事は猛省すべきである!との批判が相次いでいる。
しかし、不正経理は地方分権を阻むことになるのだろうか?
もちろん、不正経理は、あきらかにルール違反であり、とがめられるべきものである。地方自治体のドンである知事も、猛省すべきだし2度と起こらない仕組みをつくらなければならない。
だが、不正経理が起こった本質的な問題を解決しなければ同じようなことが起こると思う。
補助金は使途を中央官庁から縛られ、余れば国に報告し、減額される。まさに手足が縛られたお金である。
したがって、もらった補助金を節約しても、節約した分を国に返さなければならないから「使い切る」方に意識が向く。
そこには、コストを削減しようという意識が希薄になるので、税金の無駄使いの温床となる。
「三位一体の改革」で国から地方への補助金の削減と、その見返りとしての地方への税源移譲を進めたが国土交通省や農林水産省は、その権限を手放さず、公共事業に関する補助金は残ったままである。
余ったお金を他の事業に使えるように思い切って税源を移譲すれば、地方自治体は、工夫をするだろうし、何より、その地域にとって好ましい予算配分をするだろう。
仮に、分権が進み地方において不正が起こったとしても、今でも不正が起こることから考えると同じであるし、地方に近いところで監視の目があれば、このようなことも少なくなるだろう。
中央官庁が「箸の上げ下ろし」まで指示しないと上手く運営できないほど、地方の能力は低くない。
もし地方の能力が低いのならなら、それこそ文部科学省の中央集権的な教育が破綻したことの証ではないか!
不正経理という問題は、地方分権という本質的な解決策をすすめなければならないことを、指し示す「現象」なのである。
確定申告のシーズンになると、我々税理士は、納税者の税務申告支援の一環として「納税相談」に、ボランティアとして参加しなければならない。
先日も、納税相談に参加することになった。
多くは、年金受給者や住宅ローンの還付申告者だが、これらの納税者に混ざって、自分で商売をされている数名の事業所得者が相談に来られた。
年金受給者の方たちは、多い人で300万円を超える年収があり身だしなみもきちんとされており、一般的に想像する「細々とした生活感」はあまり感じられない。
一方で、事業所得者の方たちのほとんどが、食べていくのがやっとで、さえない顔つきで「あきまへんわ。」とため息を漏らしながら、私の目の前に座られる。
身だしなみから想像しても、経済的には逼迫している様子が覗える。
このような方たちとお話をしていると、最近ある「格差社会」の議論に違和感を覚えてしまう。
最近されている格差社会はいけないと言う議論は、どちらかと言うと経営する側と雇われる側の間にある「経済格差」が是正されるべきという議論だが、果たしてその前提は正しいのだろうか?
納税相談に来られる、いわゆるお商売をされている方々は、雇う側であるのだが、格差の上の側にある人たちではない。
むしろ、年金受給者や給与所得者のほうが彼らに比べれば、リッチである。
仮に、事業経営者が格差社会の上側になることができるなら、みんなそうすればいいのではないかと思ってしまう。
現在では、商法も改正され1円でも株式会社が作れる。簡単に事業ができるのである。
だから、格差社会の下側で経営者に文句を言ってる人たちは、自ら起業すればいいではないかと思う。
しかし、事業を経営するという現実は、甘くない。
想像以上にしんどいことや、寝られないほどの悩みがつきまとうのである。借入にも個人保証を取られるから、失敗すれば全財産を失う事だってある。
だから、それほどのリスクを負って事業を成功させた人たちが、経済的に多少豊かになることは、むしろ健全な格差ではないだろうか、と思う。
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